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東京地方裁判所 平成3年(ワ)4020号 判決 1992年1月27日

主文

一  原告らの主位的請求をいずれも棄却する。

二  原告らの予備的請求をいずれも却下する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

第一  請求

〔主位的請求〕

一  被告らは、原告らに対し、各自別紙物件目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)を収去して同目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)を明け渡せ。

二  被告らは、原告らに対し、各自平成三年四月一八日から一の明渡しに至るまで月四万九四〇〇円の割合による金員を支払え。

〔予備的請求〕

一  被告らは、原告らに対し、平成四年一二月一日が到来したときは本件建物を収去して本件土地を明け渡せ。

二  被告らは、原告らに対し、各自平成四年一二月一日から一の明渡しに至るまで月四万九四〇〇円の割合による金員を支払え。

第二  事実の概要

本件は、原告らが被告らに対し、賃貸借契約の終了に基づき本件建物を収去しての本件土地の明渡し(予備的請求は将来の明渡し)を求め、併せて債務不履行に基づき賃料相当額の遅延損害金の支払を求めるものである。

一  争いのない事実

1  桜井清太郎は、明成住宅組合(組合長薗田守晴)に対し、大正一一年一二月一日、本件土地を普通建物所有目的・期間の定めなく貸し渡したところ、同組合は、本件建物を本件土地上に建築し、昭和二七年一二月一日の更新時までに清太郎の承諾の下に本件土地賃借権を天羽馨に譲渡した。

2  清太郎の子である桜井銀蔵は、昭和一二年二月一五日、家督相続により本件土地の賃貸人の地位を承継し、銀蔵の子である原告辰雄・文子・光子及び亡中野千代子は、昭和四七年一一月二日、銀蔵の死亡により本件土地の賃貸人の地位を相続し、さらに千代子の夫である原告辰昭及び子である原告正昭は、平成三年二月一三日、千代子の死亡により本件土地の賃貸人の地位を相続した。

3  馨の妻である被告静子及び子である被告貞一・喬子・亡天羽幹夫は、昭和四五年九月一一日、馨の死亡により本件土地の賃借人の地位を相続し、幹夫の妻である被告隆子及び子である被告麻里子・恵里子は、昭和五五年六月一三日、幹夫の死亡により本件土地の賃借人の地位を相続した。

4  本件土地の賃貸借契約は、昭和二七年一二月一日及び昭和四七年一二月一日に法定更新され、次回の期間満了日は平成四年一一月三〇日であるところ、原告辰雄・文子・光子及び亡千代子は、被告らに対し、平成二年九月一七日、予め更新を拒絶する旨の意思表示をした。本件訴訟提起時の賃料は、月四万九四〇〇円である。

二  争点

1  本件建物が朽廃しているか否か。

2  将来(平成四年一二月一日の到来時)の本件土地の明渡し及び賃料相当額の遅延損害金の支払を求める予備的請求が適法であるか否か。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件建物の朽廃の成否)について

1  《証拠略》によれば、次の各事実を認めることができる。

(1) 本件建物は、大正一二年ころに建築された木造瓦葺一部亜鉛メッキ鋼板葺二階建の居宅である。

(2) 本件建物は、全体に老朽化が進んでいる。すなわち、基礎(大谷石)が不等沈下し、それに伴い柱(杉材を主体とする)が上下し、鴨居・敷居も水平を保つていない箇所が多い。外壁は杉板がそり返り、亀裂の生じている部分が多く、内壁は反対側の部屋が見通せる程大きなちり切れが発生している箇所もあり、屋根瓦のずれ・外壁の亀裂等が原因になつて雨漏りが生じている。

(3) しかし、本件建物の土台及び柱の腐蝕は比較的少なく、棟の稜線はほぼ直線を保つており、小屋組も変形するには至つていない。本件建物は、主要構造部により自らの力によつて本件土地上に建つており、倒壊の危険はなく、内部への人の出入りに危険を感じさせるような状態でもない。

(4) 本件建物は、遅くとも、大正一四年五月ころ以降天羽馨及びその家族の住居として利用されてきた。馨の子である被告貞一・喬子らが成人して独立した後は、馨の妻である被告静子が本件建物に居住してきたが、被告静子が平成二年二月末ころ病院に入院してからは、被告喬子が自らの仕事の合間に本件建物を管理するようになり、この間は通常の修繕も加えないまま現在に至つている。

(5) 本件建物は、通常の維持管理をし、通常の修繕を加えていつた場合には、現在から五年以上居宅としての使用に耐え得る。

2  1の(1)ないし(5)の事実を総合すれば、本件建物について、既に市場価値が失われていることは認めることができるが、建物としての社会的経済的効用を失う程度には至つていないものと認めるのが相当であり、借地法二条一項ただし書にいう朽廃には当たらないものというべきである。

二  争点2(将来請求の適否)について

1  原告辰雄・文子・光子及び亡千代子は、被告らに対し、第二の1の4記載のとおり平成二年九月一七日に本件土地の賃貸借契約につき更新拒絶の意思表示をし、更新拒絶について正当の事由があると主張して、期間満了の日の翌日である平成四年一二月一日が到来したときは本件建物を収去して本件土地を明け渡すとともに同日以降本件土地の明渡しに至るまで賃料相当額の遅延損害金を支払うことを請求する。

この請求は、民訴法二二六条に規定する将来の給付の訴えに当たるところ、同条は、既に権利発生の基礎をなす事実上及び法律上の関係が存在し、ただ、これに基づく具体的な給付義務の成立が将来の一定の時期の到来等にかかつているにすぎず、将来具体的な給付義務が成立したときに改めて訴訟によつて給付請求権の成立のすべての要件の存在を立証する必要がないと考えられるようなものについて、将来の給付の訴えによる請求を認めたものと解するのが相当である(最判昭五六・一二・一六民集三五・一〇・一三六九参照)。

借地法の適用を受ける本件土地の賃貸借においては、賃貸借契約の期間が満了しても、被告らにおいて更新を請求するか使用を継続するときは、原告らにおいて遅滞なく異議を述べ、かつ正当の事由がある場合でなければ更新の効果が発生するものである(同法四条一項ただし書、六条)から、本件の明渡請求権及び遅延損害金請求権が将来の給付の訴えにおける請求権としての適格を有するものというためには、正当の事由を基礎づける具体的事実が少なくとも本件賃貸借契約の期間満了日の翌日である平成四年一二月一日の到来時まで継続して存することを要するものというべきである。

2  《証拠略》によれば、次の各事実を認めることができる。

(1) 原告辰雄は、東京に本社のあるビルの管理等を目的とする会社の厚木市の事業所に勤務している。

(2) 原告辰雄は、厚木市内において借家に居住しており、平成四年六月にその賃貸借契約期間が満了するが、現在までのところ賃貸人から明渡しの請求を受けてはいない。

(3) 原告らは、被告らから本件土地の明渡しを受けた時は、本件土地上に共同住宅を建築した上、その一部を原告辰雄の住居とし、その余を他に賃貸することとする、又は本件土地の二分の一の部分に原告辰雄が建物を建築して自宅とし、その余を二分の一を売却してその代金を原告辰雄以外の原告らで分配することとするといつた計画を立てている。

(4) 被告らにおける本件土地の利用の仕方の概要は一の1の(4)記載のとおりであるところ、被告静子(明治三七年一月二五日生)は、平成二年二月末ころ東京医大付属病院に入院した後、同年八月二七日に武蔵野療園病院に転院し、平成三年三月末ころ桜ケ丘延寿ホーム(医師・看護婦の常駐する老人ホーム)に再度転院して現在に至つているが、同被告は、住み慣れた本件土地に戻ることを希望している。

(5) 被告静子の健康状態からして同被告が車椅子や介護者なしに本件建物で生活することは困難であり、被告らにおいて本件建物に増改築をする資金を調達することは経済的に無理であるので、被告らは、本件土地の賃借権を他に譲渡して、その譲受人に増改築をしてもらい、増改築後の本件建物の一部を買い受けるか賃借することを計画している。

(6) 原告辰雄・文子・光子及び亡千代子と被告らとの間で、昭和六三年ころから、原告辰雄らにおいて本件土地を他に売却することを前提にして、被告らの有する賃借権を買い取る旨の交渉がされ、平成二年春には、原告辰雄らから被告らに対し、本件土地の賃借権を代金一億六〇〇〇万円で買い取りたい旨の申込がされたが、これは、本件土地の他への売却が失敗したことによつて実現せず、同年九月一七日、原告辰雄らは被告らに対し、本件土地の賃貸借契約は本件建物が朽廃したことによつて終了したので、本件建物を収去して本件土地を明け渡すべき旨を要求するに至つた。

3  2の(1)ないし(5)の事実が本件土地の賃貸借契約の期間満了日の翌日である平成四年一二月一日の到来時まで継続して存することは、認めるに足りる証拠がなく、一において判示した本件建物の老朽化の程度を併せ考慮しても、本件口頭弁論の終結時から約一年後である平成四年一二月一日の到来時まで正当の事由が継続して存するものと認めることはできないものというべきである。

よつて、原告らのする予備的請求は、将来の給付を求める請求権としての適格を有しないものと言わざるを得ない。

三  以上の次第で、原告らの主位的請求をいずれも棄却し、予備的請求をいずれも却下することとする。

(裁判官 田中 豊)

《当事者》

原告 桜井辰雄 <ほか四名>

原告ら訴訟代理人弁護士 後藤徳司 同 日浅伸廣 同 森本精一

被告 天羽静子 <ほか五名>

被告ら訴訟代理人弁護士 杉田昌子

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